堺の史跡
昨日に続いて、ご近所をぶらり散歩に。狭い道が多いため、広角レンズを久しぶりに使用しました。
一枚目は、鉄砲鍛冶屋敷です。種子島に伝わった鉄砲の製法を橘屋又三郎が堺に伝えてから、堺は日本一の鉄砲生産地になりました。江戸時代の鉄砲鍛冶屋敷の面影を現代に伝える唯一の貴重な建築物で、市の有形文化財でとなっています。このあたりは、刃物屋が結構あります。
二枚目は、薫主堂(くんしゅどう)です。南蛮貿易の拠点だった堺は16世紀末頃に原料の香料が持ち込まれ、日本で初めてお線香が作られた町で、江戸時代には線香の産地として知られるようになりました。創業明治20年、旧鉄砲屋敷跡が残る古い街並みの一角で、百年余り3代にわたって伝統的技法での線香づくりにこだわり暖簾を守っている老舗です。
最後は、清学院です。元禄2年(1689)の「堺大絵図」にも描かれている修験道の歴史を持つ寺院です。都市部での極小な敷地内に、不動堂、庫裏、門がコンパクトにまとめられいます。幕末から明治5年(1872)まで寺子屋として使われていた時期もあり、日本人初のチベット入国者である河口慧海(かわぐちえかい)(1866-1945)もここで学んでいます。向かって左側に不動堂、右側に門を構えており、寺院の趣を備えています。不動堂と庫裏は、間取りとしては一体となっていますが、外観上は不動堂部分のみ切妻屋根を一段高く上げ、独立した建物の様相となっています。
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